【瞑想】伝説の瞑想プロ野球選手 「榎本喜八」

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榎本喜八

榎本 喜八
Kihachi Enomoto 01.jpg

1956年頃撮影
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都中野区
生年月日 1936年12月5日
没年月日 2012年3月14日(満75歳没)
身長
体重
172 cm
71 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手
プロ入り 1955年 (テスト入団)
初出場 1955年3月26日
最終出場 1972年10月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

榎本 喜八(えのもと きはち、1936年12月5日2012年3月14日)は、東京都中野区出身のプロ野球選手一塁手)。

現役時代はオリオンズの中心選手として長きにわたって活躍した。「安打製造機」の異名を最初に取った選手である[1][2]。また、野球一筋に生き続けた数々の逸話から、往年の天才打者として名高い。1000本安打・2000本安打の最年少記録を保持し、数々の高卒新人記録も持つ。

wikipediaより掲載

引用元: ・瞑想について

664: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/27(金) 02:38:06.54 ID:AlNhJjaT0.n

伝説の瞑想プロ野球選手 「榎本喜八」
http://realhotsports.com/baseball09.html

「神の域まで行かせていただきました」
「天国に行って神様に頭をなでられ続けた日々」
日米野球のベンチで座禅を組んだまま動かなかった男が残した謎の言葉。
『打撃の神髄榎本喜八伝』から引用しよう。

<骨や筋肉、それに胃や腸、肝臓などが、どこにどんなふうにあるのか
わかるようになったんです。自分の体は、その日その日で状態も、
感じ方も、動き方も違うよね。だから、ソファに座ったり、
遠征の列車に乗ると、まず、その日その日の身体の状態をありのままに
感じるようにしてた。そして、呼吸法をしながら、自分の体の調子を
整えてたの。

大阪から東京まで特急列車に乗っていても、
目をつぶって体の中をじっくり感じているとアッという間に
時間が過ぎたものね。そうすると、体調のいい時には、
体の中がまるで目に浮かぶようになっちゃった>

665: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/27(金) 02:40:41.73 ID:AlNhJjaT0.n

伝説の瞑想プロ野球選手 「榎本喜八」
http://realhotsports.com/baseball09.html

若い打撃投手はふりかぶったところで動作を止めた。
「あれ、榎本さん……」
投球フォームを中断し両腕を下げた。
打席の榎本喜八が目を閉じていたからだ。
榎本は瞑想の状態に入っていた。
<「バットを見なくても、バットの全体がはっきり感じられるというのかな。バットが、目の前に浮かぶというのか。バットの先端からグリップエンドまでの形がはっきりわかる。そんな感じになったんです」>(松井浩『打撃の神髄榎本喜八伝』講談社)
まさに「超常現象」である。その瞬間を心身に染み込ませ定着させるために、榎本は目を閉じていたのだ。

667: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/27(金) 02:58:32.01 ID:AlNhJjaT0.n

ICHIROより凄い天才打者「榎本喜八」
http://blog.goo.ne.jp/amachan_001/e/533b1a190f1431a7b093eb9c132db1c3

求道者のように野球だけに打ち込む榎本は、試合前の練習に1人だけ
参加せず、ベンチで座禅を組んだまま全く動かず、
瞑想にふけって精神統一していたという。

また、ドジャースとの日米野球でも試合が始まるまでベンチで
座禅を組んだまま黙考していたため、川上哲治監督が心配して
試合に出場できるかどうか、尋ねたという伝説も残っています。

私生活でも奇行が目立ち、「都市伝説」に近いような逸話に事欠かにい
選手だったようです。
今のようにメジャーでプレーすることなど夢のような時代でしたが、
来日しだドジャースの選手たちの評価は「日本のプレーヤーの中では
EnomotoがNO.1」だったそうです。

引退後は野球界との交流を一切断ち「仙人」と言われ、
名球界入りの資格である2000本以上の安打(通算314本)で
ありながら入会を拒否しています。

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